ブロンプトンでGO!
道北旅ポタ 2025夏
「21_真夏の浜頓別」篇
●キツイけど景色の良さには救われる
真冬に来た時には見渡せなかった雄大な自然
真冬の凍える様な川と違い、豊かな水景もすばらしい
思わず脇道にそれて集落に立ち寄ったりする(こういうので余計に体力を消耗するわけだが)。
●樺太(カラフト)への電話中継所跡があった
1934(昭和9)年、樺太とこの猿払(サルフツ)を結ぶ海底電話ケーブルがつながった事によって、東京-北海道-樺太の長距離電話網がつながったそうだ。
そんな昔に海底電話ケーブルがあったという事が意外だったが、碑文を見ると、終戦直後に樺太の真岡郵便局で発生した集団自決(真岡郵便局事件)の時、真岡郵便局の職員が発信した最後の通信「皆さん これが最後です さようなら さようなら」を受信した施設だった事がわかる。
●その先の景色はなかなかだった
おお、日本でもこういう地平線が見える場所があるのか
「地平線」は、球体である地球に対して人間程度の身長であれば「概ね5km程度平坦地が続くと見えるもの」。なので、「我々は実は平野部の田園地帯などで地平線は頻繁に見ている」といえる。
ただ、山がちな地形が多い日本の場合、その奥に「山」や「丘陵地」が見える事がかなり多い。その場合、「地平線っぽい景色に見えない」ものだ。
●ここは違う
この環境になって数キロ走っているのに「地平線っぽい景色」が続くぞ
●どのくらい続くのか?
→この景色は大体10kmくらい続いた。
向かい風の中の自転車にとっては「かなり広く感じる雄大な景色」だったが、自動車やバイクで走ってもそれなりに広い地平線地帯に感じるだろう。
こんな場所で星空眺めながらナイトライドするのもいいかも知れない。
近場に投宿地があればいいが、野良キャンプしたりする人もそれなりにいるかもだな。
●10:19(出発からほぼ6時間)
強い向かい風の中を90km走ってきた。
紋別まではあと130km少々。
辛いけど・・・なんか行けそうな気がしてくる
●BROMPTON T-LINE 快走のテーマ(*v.v)。。(「閃光」FF13 スクウェア・エニックス/浜渦正志(2009))
●下頓別(シモトンベツ)というエリアに入ったようだ
経由地・浜頓別に接近している事を感じて、少しホッとする。
●コンビニでおむすびで栄養補給
できるだけ走行25~30kmにつき10分程度の小休憩にとどめたい。
宿でゆっくり休みたいから
●11:28 浜頓別橋(ハマトンベツバシ)に到達
おお、ついにここまで来たか
ここは・・・
●2019年2月9日(土) 12:56 (日本時間)
「真冬のオホーツクに消ゆ ポタ(*v.v)。。」※におけるオホーツク海側『自走』の出発点。
※スパイクタイヤを履いて氷雪の道を走ったポタ旅。
最高速度せいぜい10km/hが限界のため、稚内~浜頓別まではバスで移動したのだった。
●あの時の景色は、今でも脳裏に強く焼き付いている・・・(*v.v)。。
「印象に残っているポタ旅(国内旅篇)」で3つ挙げろと言われれば、「大東諸島ポタ」か「真冬のオホーツクに消ゆポタ」がトップ1・2を激しく争う感じ。
●その「真冬のオホーツクに消ゆポタ」のハイライトが真冬の浜頓別だ
あの景色は本当に感動した。
ゴマフアザラシの「ゴマたん」は見つけられなかったけれど。
エルサレムだったり、サハラ砂漠だったりを走ったのに勝るとも劣らないほどの価値があったと思う。
夏はどうだろう?
●こんな感じだった!
まあ、フツーといえばフツーかもだが、爽快な景色
あの時、僕は凍結路を時速10kmでノロノロ走った。
6年半後の今、強風に逆らいながら時速15km程度でノロノロ走ることになる。
相変わらずスゲー向かい風だが、景色がいいのが救いだ。
とりあえず、萎えずになんとか走り続けることができる
●11:59
紋別まで120kmを切ったか。
正午で残り120kmか・・・
強風に逆らいながら、見覚えのあるトンネルに接近
風が少し和らいだか、時速20km程度に何とか回復できている。
●6年前はトンネルを通って先に進んだ
直進する以外の余力などゼロだったからだ。
しかし、今回はあの時ほどまでに「過酷」な環境というわけではない(相当辛いけど)。
●回り道して神威岬(カムイミサキ)とやらを見ていこう
(こういう事をするから余計に消耗が進む)
●素敵な道だ
(つづく)
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