●哈爾浜市の夜のポタは、ポツポツと写真を紹介するような感じで・・・

涼しい夜風に吹かれながら、のんびりと探訪する

夜、9時頃になっていても、のんびりと散策している人はかなり多い。

哈爾浜で特に目立ったのは『自販機』だ。
勿論、日本ほどではないが、街の中でかなり見かけた。治安が良いのだろう。

通りのアーチでゆったりと翻っていた五星紅旗。なかなか幻想的な光景だった。

様々な色でライトアップされた、意味不明の森に・・・

同じく、様々な色のネオンが煌めく意味不明なマンション・・・。

大混雑の紅軍橋を渡り、線路の北側エリアに再び行くと・・・

こちらにも百貨店やら劇場やらが立ち並ぶエリアがある。

哈爾浜話劇院。
webで検索すると、僕が知っている三国志の人物が登場しての劇なども上演しているようだ。

本日2回目の聖ソフィア大聖堂。1907年に帝政ロシアの軍用教会として建てられたそうだ。

現在は教会としては使用されず、『建築芸術館』として一般公開されているという。

哈爾浜市内には、ものすごい数の教会があった様に感じられた。
面白いのは、夜の21時過ぎでも、病院の敷地内でガンガンに工事が続けられているという事だ。
日本では、なかなかあるまい。

夜の哈爾浜駅。これからの時間帯でも、多数の寝台特急が発着するはずだ。
来訪時に使った寝台特急も、ほとんど眠れなかったものの、まあ、いい思い出になった・・・( ´ω`)

下町も、回っていこう
『招待所』というのは、中国で最低グレードの宿泊施設で、基本的に外国人は泊まれないようだ。
好んでそういう宿に泊まって旅をしている人もいるようだが、やっぱ、フツーのホテルの方がいいな。

凸凹の道をのんびり走る
~♪
ホント、大連で自転車修理に関わってくれた皆さんに大感謝だ。

変な場所に来てしまった。
近づかないほうがよさそうだ。

真っ暗な住宅街。
しかし、それが当たり前の社会であれば、特別、危険というわけでもないようだ。

あ
本当にあるんだ、狗肉のお店。後輩に「食べてきてくださいよ」と言われていたが、閉まってるね・・・。
●こうして、哈爾浜の夜は更けていった・・・(*v.v)。。

この日の投宿先・龍門貴賓楼(旧ヤマトホテル)は本当に気持ちよかった。
●翌日は、この旅初めての『雨』だった

自転車乗るつもりはなかったけれど、あったとしても、乗れなかったね。
この後、色々なやりとりがあり、紆余曲折経た後、タクシーで市内観光後に哈爾浜を発つ事になる。
哈爾浜市内2日目の出来事については、いずれBROMPTON CAMPの『回想シーン』でご紹介しよう。
この日も、なかなか、思い出深い体験が出来た。
●市内の高級土産店で、特産マツタケを購入(*v.v)。。

『高麗人参がいいんじゃないか』とか『キクラゲいいぞ』と勧められたけれど、
日本人としては『マツタケ』の方が、わかりやすくて断然いいよね

黒龍江省の田舎で採れた、天然モノ最高級(ただし中国産だけど笑)の乾燥マツタケGET!
今回の旅は『荷物をあまり持てない旅』で、お土産もそんなに買えない。
親のお土産用に多めに買い、親しい友達への土産は、帰国してから小袋でおすそ分けする事に。
もう1か所、土産物屋に行って、小型の土産品(息を吹きかけると着火するライターとか笑)や
ロシア製のチョコレートなどを購入。
●哈爾浜空港で何の説明もなく1時間半ほど飛行機の出発が遅れる

おそらく、軍用機の離発着のプログラムの影響を受けたのだろう。
ヒマを持て余して立ち寄った土産物店で、なんかかわいくて『旬』と思われるパンダのマフラー購入。
もう、これでキャラダイスバッグには一寸の隙間も無くなった。
しばらくすると、仁川経由・名古屋行きの搭乗手続きが始まった。
●平和な時代に生まれて、つくづくありがたい(*v.v)。。

遠い昔、祖父母も、僕の父親も、
本来なら今日の僕の様に何の心配もなく、この街を発てた筈なのにな。
違うか・・・占領地であった時点で、そんな平穏な未来などある訳ない都市だったのかも知れない。
で、あれば、祖父はこの街に派遣されていなければ、天寿を全う出来たかも知れない。
もっとも、祖父がそういういずれかの無事な人生を送っていたら、僕は生まれなかったわけだが。。。
●さようなら、哈爾浜

松花江の周りに見える手つかずの平野、じいさんが挑んだ寒冷地の自然環境そのままなんだろうね。
この街もふしぎな魅力を醸し出していて楽しかったし、色々な人と触れ合えて、本当によかった
上海、大連で出会った方たちにも感謝だ。おかげで良い旅が出来ました。
じゃあ、日本に帰ります。
再見
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