●リアルタイムで、現在郷里・岩手に里帰り中(*v.v)。。
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鮮やかな緑が胸に「じーん」と染む。

おお、美しき、我が郷里よ(*v.v)。。

花巻空港着陸寸前、ここはおそらく高校通学の為に通った北上市上空かしら。

だとすると、眼下に流れる川は北上川水系「和賀川」かな。





●名古屋空港発のFDA便で15時過ぎに花巻空港に到着!
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里帰りの時、度々BROMPTONは持ってきていたけど、空港から実家までの自走は意外と「初めて」かも知れない。

距離は20km弱といったところだ。






●実家到着
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実家前の景色。

50歳になった僕が幼い子供だった頃から全く変わっていない。

勿論、実家周辺の環境は色々変わっている・・・しかし、この景色だけは変わらない!

本当にありがたい






●実家のテラスには何故かカボチャが置かれていた???
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カボチャにも追熟とかあるのかな?



その後、夕食は両親を盛岡の大通りに連れ出して、寿司屋から居酒屋へ流れて久々の団らん。

これも久々にゆっくり歩いた・・・そしておそらく人生で初めて両親とそろってゆっくり歩いた盛岡の街。

懐かしい景色、変わりゆくまちなみ、知っていたようで知らなかった横丁の風情、街の景色の中で出てくる両親の思い出話、50数年前に母親が新入社員だった頃から営業を続けている目の前の小さなレストランの話、そして吹き抜ける風の涼しさ・・・ごくわずかな夜の散策なのに、胸が揺さぶられ続ける。



『やっぱり帰りたいぞ、この街に。それも、今すぐ』





●晩ごはんを頂きながら思う
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僕はいつもどこかおセンチな部分があるが、帰省の時はやはりそれが露骨だ。

でも、それでいい。

ノープランだった帰省だが、明日、2022年春三陸ポタの最終版で「近いうちにやろう」と決めていた追憶の走行をやりにいこう。

それは盛岡市~宮古市を結ぶ国道106号線(旧道)の走行だ!!






●その道は一度走った事がある・・・19年前(!)になる2006年の今の時期に!
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僕は31歳だった。

そして、当時の相棒はHarvest Label「FB08-X」。

愛車の購入順で言えば、FB08-X → vitesseくん(DAHON) → BROMPTON M6L ・ M6L-X ・ T-LINE。

要は、僕が小径フォールディングバイクにハマるきっかけとなったマシンだ。



19年前に走行した時の記事




・・・昔の記事、なぜ、読む度にこれほど恥ずかしいのだろう?

それはさておき、当時、盛岡から都を結ぶR106は北上高地(山地)を越えるたしか100km程度の道だった。

当時の僕は、日頃のポタもせいぜい30~40km程度だった。当然、本格的な登坂などできる筈もない。故に、頂点である「区界(くざかい)」まで輪行し、そこから下り基調の道を走る事にしたのだ。その後の走行記録は記事の通りだ。

それから19年、経験と修練(*v.v)。。を積んだ今の僕なら、(マシンの性能も大幅UPしているし)断念した当時のR106全区間走破する事はそれほど難しくない(筈だ、多分)。



ただ。



幸いなとても残念なことに、盛岡~宮古間のR106をBROMPTONで走る事は、現代ではかなわない。

この19年の間に盛岡~区界間に完成した「梁川ダム」によってR106の一部区間が水底に沈んでしまったからだ。付け替えられた道路は高規格の自動車専用道。そして、近隣に迂回路も存在しない。




『結局、区界駅まで輪行して、スタートするしかないわけか




19年前の自分が走った道と、ほぼ同じコースを走る事になるだろう。

そして、その先、当時の自分には走れなかった道を走ることになるだろう。

出発前の今の時点で目的地は全く決めていない。

明日(2025年8月10日)、走りながら選択して、どこにたどり着くのか自分でも全く分からない。

あの頃の自分は、まさか50歳になった自分が、まだそんな事をやっているなんて思ってもいなかったろう。

どんな感じになったかは、北海道旅の記事が終わった後で記事化しようと思う。






※不定期更新です

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