その「旅」において、BROMPTONくんは僕にとって大切な相棒である。
けれど、今回も改めて思ったけれど、僕が本当に好きなのは「BROMPTONという自転車」ではない。
好きなのは、やっぱり、あくまで「旅」だ。
けれど、今回も改めて思ったけれど、僕が本当に好きなのは「BROMPTONという自転車」ではない。
好きなのは、やっぱり、あくまで「旅」だ。
BROMPTONは、その旅を「僕らしい形」で成立させる為のツールだ。
飛行機に載せられて、折りたためて、海外にも簡単に持って行ける。
徒歩より広く、車より近い距離感で町にも自然にも入り込める。
そうやって、「ダバオ → サマル島 → ディゴス → そして、ダバオ」の様な旅を成立させてくれる。
徒歩より広く、車より近い距離感で町にも自然にも入り込める。
そうやって、「ダバオ → サマル島 → ディゴス → そして、ダバオ」の様な旅を成立させてくれる。
そういう意味で、「BROMPTONは僕の旅の舞台装置なのだろう」と今回感じた。
ただ。
「道具」と一言で言ってしまうと、少し違う気もする。
「道具」と一言で言ってしまうと、少し違う気もする。
普通の道具なら、壊れたら別のものに置き換えればいい。
しかし、僕にとってのBROMPTONは、それよりは換えの利かない存在だと思う。
しかし、僕にとってのBROMPTONは、それよりは換えの利かない存在だと思う。
例えば今回の旅でも、BROMPTONロストバゲッジはかなり大きな問題だった。
単に「移動手段がなくて困る」というだけではなかった。
自分の旅の成立条件の一部が失われる感覚に近いのだ。
けれど、僕が好きな「僕らしい旅」とは、かなり別のものになる。
繰り返しになるが、僕が好きなのは、自転車に乗る事そのものでは全くない。全然、それではない。
旅>>>>>>>>>>>>>>>>>>自転車(BROMPTON)、だ。
一方で、旅としては、美術館や博物館を見て教養を深める事も好きだけど、それ中心だと全然満足できない。
町の空気を吸うこと。
生活圏に入り込むこと。
道端の人の様子を見ること。
ローカルな食堂や屋台に入ること。
展示・用意されているモノを観覧するより、少し奥の方にある、その土地の素の時間の流れを見ること。
旅が作品そのものだとすれば、僕はその作品の中をゆく人間。
そして、BROMPTONはその世界観を成立させる為の重要な装置だ。
この2つの要素は、実はどちらも主役ではない様な気がする。
主役は、僕が道端で出会う「人々」であり、その土地の「空気」であり、そこで流れている「時間」なのかもしれない。
でも、僕やBROMPTONのどちらかが欠ければ、僕の知っているあの旅にはならないだろう。
そういう意味で、BROMPTONは、脇役である僕の相棒であり、重要な舞台装置でもあるのだと思う。
この気持ちは、旅好きのブロンプトンオーナーならわかってくれそうな気がする。
※ロマン探求ポタ2026は2025北海道記事終了後に開始予定。
そして、BROMPTONはその世界観を成立させる為の重要な装置だ。
この2つの要素は、実はどちらも主役ではない様な気がする。
主役は、僕が道端で出会う「人々」であり、その土地の「空気」であり、そこで流れている「時間」なのかもしれない。
でも、僕やBROMPTONのどちらかが欠ければ、僕の知っているあの旅にはならないだろう。
そういう意味で、BROMPTONは、脇役である僕の相棒であり、重要な舞台装置でもあるのだと思う。
この気持ちは、旅好きのブロンプトンオーナーならわかってくれそうな気がする。
※ロマン探求ポタ2026は2025北海道記事終了後に開始予定。
#旅
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