走行日:2010.03.21(日)
天気:快晴
乗車:DAHON Vitesse P16
◇仁和寺(NINNA-JI)

最後の立ち寄り地となった仁和寺。

最後の立ち寄り地となった仁和寺。
ここも世界遺産のお寺です。
仁和2年(886)に第58代光孝天皇が着工、しかし彼はその完成を見ないまま崩御。
次代の宇多天皇が事業を引き継ぎ、2年後に落成となります。

金剛力士像は重文・二王門の左右に屹立。

宸殿は、残念ながら明治時代の焼失による再建。
今回、あちこちのお寺を巡って、古の建築物が火災によって失われる事の多さに改めて驚かされる。
失火もあれば、動乱時の攻撃、不審火、落雷、あらゆる原因で、素晴らしい建築物が呆気なく燃え尽きる。
木造建築文化の宿命なのかも知れない。
ただ、それだけに、大昔の素晴らしい建築物が、様々な時代の施政者の手によって手厚く守り抜かれたり、
時には再建されたりして、数百年~1000年後の世界に生きる我々に昔のままの姿で届くというのは、
本当にすごい事だなあと思わされる。
建築した人の技術も尊いけど、石造りのものより遥かに朽ち果てやすい建物を守り続けた人たちの
英知と努力に頭が下がります。
この建物も、明治~大正期にかけての再現ながら、中世の宮殿の雰囲気を伝えてくれます。

宸殿から北庭を経て五重塔をのぞむ。美しい・・・。

重厚な勅使門。
今は、かたく閉ざされています。

木彫の増長天は、重文・中門にいます。

国宝・金堂。
慶長18年(1613年)に建立された旧皇居の正殿・紫宸殿を寛永年間(1624年-1644年)に移築・改造。
本尊は国宝・阿弥陀如来像。
阿弥陀如来像の公開は春(4/1~50日間程度)、秋(10/1~50日程度)との事です。

重文・五重塔は江戸時代の建築物。
各層の屋根の大きさがほぼ同じというのが、江戸期の五重塔の特徴だそうです。
◇京都中心部に向かって

だいぶ日がかげってきました。

だいぶ日がかげってきました。
夜から翌日にかけて荒天になる可能性があったので、僕は宿をとっていませんでした。
天気を見極めて、電話で予約するつもりだったのですが、見学に夢中になってしまい、
うっかりそれを忘れてしまっていたのです。
◇北野天満宮

菅原道真(845-903)を祀った学問の神様ですね。

菅原道真(845-903)を祀った学問の神様ですね。
おバカな僕のおつむが少しでもよくなる様に立ち寄りたかったのですが、
ホテル探しが先とパスしました。
◇堀川

京都の都心部を流れる堀川。

京都の都心部を流れる堀川。
同じ名前のナゴヤの都心部を流れる堀川より幅は狭いですが、随分きれいです。
水路の上に遊歩道がず~っと続いていました。
◇京都府庁前通り

東京駅の丸の内口~二重橋を彷彿とさせる様な通り。

東京駅の丸の内口~二重橋を彷彿とさせる様な通り。
じっくり街なみを眺めたかったものの、迫る夕闇に押されるように、先を急ぎます。
◇京都御所前
夕闇迫る御所の前は、何故か懐かしいかほりが・・・。

◇鴨川沿い(三条~河原町付近)
堤防が無い川、和洋立ち並ぶ建物、盛岡の中津川沿いの光景にとてもよく似てる。


戦略爆撃を受けなかった街同士、自然に囲まれた街同士、通じるものが確かにあります。
もっともそれは、京都が日本の他の都市の様に、開発の波に身を任せなかったからでもあるだろう。


残念。

都心部はまた、歴史的な京都と違う魅力がありそう。
やっぱり、泊りがけで来て、夜は夜で京都の街で飲んで、また翌日軽く流したいですね。
夜飲みに出かけるなら1人よりも2人以上で来ないと寂しいな。
◇京都駅
とても走りやすい、いい街だった^^

★ルートマップ
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