走行日:2010.11.20(土)
お天気:晴れ
乗車:DAHON Vitesse P16
京都駅から東側の養源院、坂本龍馬のお墓、平安神宮、哲学の道などを巡りつつ、
銀閣寺手前の参道で『天ぷらが美味しい』というそば屋さんに立ち寄り~^0^♪
今度こそ『京野菜の天ぷら』を楽しもうと思ったのですが、何と品切れ--;
またしても『とろろそば』でお茶を濁しつつ、まだ行った事がなかった銀閣寺に足を踏み入れます。
銀閣寺手前の参道で『天ぷらが美味しい』というそば屋さんに立ち寄り~^0^♪
今度こそ『京野菜の天ぷら』を楽しもうと思ったのですが、何と品切れ--;
またしても『とろろそば』でお茶を濁しつつ、まだ行った事がなかった銀閣寺に足を踏み入れます。
●銀閣寺

さすがに世界遺産の銀閣寺。

さすがに世界遺産の銀閣寺。
人、人、人のイモ洗い状態でござる。

銀閣寺は臨済宗相国寺派に属する禅寺で、
建立は文明14年(1482)室町幕府八代将軍足利義政公による。
義政公は、祖父にあたる三代将軍足利義満公の北山殿金閣(鹿苑寺)にならい、
隠居生活を過ごすため、山荘東山殿を造営。この東山殿が銀閣寺の発祥である。
銀閣寺は俗称であり、正しくは東山慈照寺。義政公の法号慈照院にちなみ、後にこう命名された。
(銀閣寺リーフレットより)
建立は文明14年(1482)室町幕府八代将軍足利義政公による。
義政公は、祖父にあたる三代将軍足利義満公の北山殿金閣(鹿苑寺)にならい、
隠居生活を過ごすため、山荘東山殿を造営。この東山殿が銀閣寺の発祥である。
銀閣寺は俗称であり、正しくは東山慈照寺。義政公の法号慈照院にちなみ、後にこう命名された。
(銀閣寺リーフレットより)

うーむ、渋い。
しかし、細かい造作を見ると、かなり贅沢だ。
室町時代は「わび・さび」の文化は無かった筈だから、単純にとてつもなく豪華な建物だったのだろう。
このへんは、見た目派手でわかりやすい西洋的な建築と比べてどう捉えればいいのか難しいな。
銀閣寺の凄さは、四季折々の表情を豊かに楽しめる庭園との調和にあるらしい。
早速、庭をめぐってみよう。

銀閣寺の庭は、いくつか湧水ポイントがあるみたい。
ここは、どこか夏の様な涼しげな雰囲気を残している。

その清水が流れる沢の一角に、小銭が投げ入れられてキラキラ輝いている場所が。
ここに投銭して願い事をすると、かないやすくなるらしい。

「これでもか」と言う程、朱色に染まったもみじ。
多くの人が足を止め、その色をカメラにおさめていた。

ひらひらと舞い落ちた葉は、水面にゆらりゆらり。

庭を堪能して戻ってくると、立ち入り禁止の銀閣の中にTVの取材クルーの姿が。
あそこにも登って庭を眺めてみたいものだが、TVを見て我慢するか。
銀閣は、冬の「雪の銀閣」も相当ステキらしいので、真冬にも一度来て見ようかな。
●京都大学

今回は紅葉探訪ポタ。

今回は紅葉探訪ポタ。
京大キャンパスの『黄葉』も見事かも知れないと思い、立ち寄ってみる。

理学部第6棟の前には、黄金色の巨木の並木が続いていた。
この樹は・・・大イチョウ・・・?ポプラ?
歴史のある大学の紅葉は、味わい深いね。

橋を渡り、下鴨神社へ向かふ。
●下鴨神社

京都は鴨川を中心に街づくりされており、鴨川の下流に祭られているお社というところから

京都は鴨川を中心に街づくりされており、鴨川の下流に祭られているお社というところから
「下鴨さん」とか「下鴨神社」(シモガモ)と親しく呼ばれているらしい。

神社では白無垢の花嫁や七五三の子供たちがたくさんいて、微笑ましい。
確かに、僕も京都市民だったら何かにつけて「下鴨さん」を使いそう。
この神社には「玉依媛命」(たまよりひめのみこと)と「賀茂建角身命」(かもたけつぬみのみこと)の
2つの本殿があり、それぞれ「縁結び・子育ての神様」「京都の守護神」として広く信仰されている。
それぞれの本殿はともに国宝であり、是非見たいと思っていたのだが、改装中か何かの理由で
残念ながら公開されていなかった。
(糺の森)

しかし、この神社の凄いところは国宝や重文だけではない。

しかし、この神社の凄いところは国宝や重文だけではない。
神域である「糺の森」(ただすのもり)は、三万六千坪に及ぶ落葉樹の森。
古代の山背原野の名残を留める国指定史跡であり、数々の文化財共に世界文化遺産に登録されている。


この森は、まだ紅葉には早かったようだ。
12月の上旬くらいには、燃える様な赤に包まれているんじゃないかな。
(つづく)
コメント