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旅も後半。東北ドライブとしては実質的な最終日かな。

3日目の宿、東鳴子温泉「黒湯旅館」からスタート。





●東鳴子温泉
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連休直前でも何とか予約をとる事が出来た黒湯旅館。

お世辞にも『立派な造り』とは言えないが、少なくとも昭和初期以前の建物の風情があった。











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ご覧の通り、古さの趣きを押し出す様な宿でもなく、飾りっ気というものが全く無い。

それは風呂場も同じで、昭和初期以前の(現代としては使いにくい)風呂場が

あくまでぶっきらぼうにそのまま利用されてるカンジ。



なお、旅館のおやじが「当館一番のお風呂です」と豪語するだけあって、

『黒湯』(混浴大浴場)は泉質も古びた風情もよく、写真に納めたかったのだが、

別記事に書いた通りガチで混浴だったので、カメラを持ち込んで誤解される愚は犯せなかった。














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さあ、県境を越えて山形に入り、最上川沿いに走って東北の最高峰・鳥海山に向かおう。















●最上川
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五月雨を あつめてはやし 最上川

不意にTが芭蕉の句を呟く。こいつ、結構文人だな。


最上川は宮城と山形の県境より流れ出でて、酒田市から日本海に注ぐ川。

日本のみならず世界で有名になったNHKドラマ『おしん』の生まれ故郷は川の上流の寒村で、

この川を下る舟で丁稚奉公に出るのだった。











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東鳴子温泉を出てから朝食をとるべく喫茶を求めていたのだが、ナゴヤの様にカンタンには見つからない。

川のそばに木造のローソン&みやげ物屋があったので、立ち寄って珈琲で一服。

五月雨を集めてゴウゴウと流れる最上川を眺めながら、蓑傘の時代の芭蕉の旅はさぞ大変だろうと思う。

彼の旅の全行程は徒歩で半年2400kmで、クルマで5日間2600kmの僕の旅とキョリは大差ない。












●鳥海山付近
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八幡平ほどの雪ではないが、それなりに残雪もあり、何よりも霧がひどい^^;

ってか、これ、一昨日の光景と大差ないじゃないか。

本当に今回の雨・風・霧はしつこい!















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そのうち、15m先も見えない様な霧に包まれる。危なくて徐行でしか走れない。

もっとも、対向車が来る様な道でもないのだが。













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高原道路は全て除雪されている時期と思っていたが、そうでもないようだ。

ところで、どこにも接触したりした記憶など無いのに、ホイルカバーが脱落してしまっている。

1500kmの道中、いつ外れたのだろう?













●鳥海山荘
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鳥海山登山の拠点となる山荘からは、いつもなら雄大な鳥海山が拝めるが・・・^^;

なんだこれ、何月の絵なんだよ(笑)

もう、こんなんばっか^^;















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とにかく、昼ごはんを食べる事にする。

『麦きり』というメニューがあって、何かと思って注文したら『うどん』の様なものだった。

これが、食べてみると、ほのかに甘い麺が汁に絡み、びっくりするほど美味い

後で調べたところでは山形県鶴岡市の名産との事。ただ、うどんと明確な違いがあるのかどうかは判らん。

蕎麦と同じ様な作り方で、小麦粉を練ってのしたものを包丁で切るから『麦きり』なのだそうだ。










それにしても、今回の旅は本当に天気に恵まれない。

同行者が東北のよさを既に熟知しているTだから、『雨降りの路も風情があり いとおかし』で済むが、

初東北のメンツなんかを帯同してたら、さぞやガッカリした事だろう。

そんな事を思っていると・・・










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おお、ナゴヤ出発以来4日ぶりの本格的な日差し

これは、このまま晴れてくれそうな予感。

鳥海山を下るのがあと一時間遅ければ、もしかしたら僕等は雨上がりの絶景を見れたのかもだ。















●村社の桜
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田舎道を走っている時、とても素敵な景色を見つけた。

クルマを止めて、丘の上にのぼってみる。


















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●銀山温泉
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大正時代からの木造温泉旅館が軒を連ねる温泉地は山形県尾花沢市にある。

ここは江戸時代に銀山で栄えた鉱山の町で、その当時工夫が川に湧く温泉を発見する。

1689年に銀山が掘り尽くされ閉山した後は、温泉地の街として売り出される様になる。













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銀山温泉は湯治客で大変賑わう街になったが、1913年に大洪水が発生し、街は一旦壊滅してしまう。

その後、地方財界の後押しで再建が図られ、新しい立派な旅館が立ち並んだ。

木造4階建てのバルコニーを持つ旅館などは、今から99年前の大正時代に建てられた当時の建物だ。












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温泉街の奥は滝がゴウゴウと流れ落ちている。

これは大雨と雪解け水の影響で、いつもは水量はもっと少ない筈だ。

この先には廃坑となった銀山の跡が残っていて、探検気分で見学出来る施設や散策路があるらしい。










温泉街には旅館やみやげ物店は勿論、素敵な洋食屋なんかもあったりする。

ただ、次の営業は18:30からという事で、僕等は利用できなかった。

夜になれば、もっと素敵な雰囲気になるんだろう。

僕はすっかりこの温泉街を気に入ってしまった^^











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熱すぎて足をつけられなかった足湯。

向かいにいた女の子に足つけられるかどうか訊いてみたところ「ムリ。」との回答だった。

見れば、誰も足を湯につけられていない(笑)













温泉街にあるカフェで街を眺めながら『そばソフト』をなめる。

夏、この街に泊まりに来て、川音と蝉の声を聞きながら涼風に吹かれつつ本を読んで、

夜になったら温泉入って軽く飲んで・・・なんて過ごし方もいいなあ。












銀山温泉を後にして投宿地・平潟温泉に向かう途中、アクシデントに見舞われる。

林道を走ってる時、ちょっとした雪に乗り上げたクルマがスタックして身動き出来なくなったのだ。

僕は雪道経験は豊富だが、北国育ちの常識としてごくわずかの雪でもノーマルタイヤで走った事は無い。

わずかな雪とはいえどノーマルタイヤで踏み入るのに相当の抵抗を感じたのだが

先を急ぐあまり『下りだし行ける』と踏み込んでしまったのが失敗だった。

予想通りその雪は乗り越えたが、結局その先に明らかに通れない大きな雪があり、

さきほど通った雪面を今度はわずかではあるが上り方向で戻らなければいけなくなってしまった--;



『これは・・・多分、抜けられないぞ(汗)』



さっき踏み固めた轍の上を慎重に走るも・・・1/3ほど進んだところでスリップして動けなくなる。

Tにクルマを押してもらうが、小さな車と言っても1t近いクルマが雪にハマってるわけで、

1人や2人の力では当然ビクともしない。

スリップするタイヤに木の枝を噛ませる手もうまくいかず、ケータイ電波も途切れ途切れの山道。

JAFに連絡をするが、3G電波が届かない為スマホナビの地図を表示出来ず、自分の位置を伝えられない。




『マジでヤバイ』




数キロの林道を徒歩で降りて応援を呼ぶか・・・

いよいよそんな話をしていた時、なんと、こんな何も無い山奥の場所に地元の人がやってきた。

やってきたのは工事関係者っぽい中年のおじさん2人で、快く脱出を手伝ってくれた。




「このくらいの雪なら3人で押せばノーマルタイヤでもカンタンに出せっぺや」




彼らとTの3人でクルマを押してもらう・・・うーん、人力+ノーマルタイヤではどうやってもムリなようだ。

結局、彼らの4WDでクルマを引っ張ってもらい、ようやく雪の中から脱出できた--;

彼らはとことん遠慮したが、心ばかりのお礼を受け取ってもらい、尾花沢を後にする。

雪国育ちの自分にとってはど恥ずかしく屈辱的な出来事。

でも、こういう出会いもまた長旅の醍醐味だよな・・・って、そんな笑い話で済んで本当によかった^^;







少しホッとした気分で出羽の道をゆく。

山形を抜け、仙台を抜け、福島を抜け、郡山を抜け、いわきを抜け・・・

22:00を過ぎる頃、僕らは関東・茨城県に入っていた。

最後の投宿地・平潟温泉は東北じゃなかったんだね。

でも、茨城も好きな土地だ。

宿の近所に飲み屋は期待できなかったので、この日もコンビニで酒・つまみを購入し、旅館の部屋で晩酌。

やがて窓の外遠くに波の音が聞きつつ、眠りに落ちてゆく・・・zzz



この日の走行距離、およそ500km。