走行日:2013.08.16(金)
天気:快晴
乗車:DAHON Vitesse P16
◎高山駅前

乗鞍スカイラインの入り口にすら立つ事が出来なかった僕は、逃げる様に高山駅前まで戻ってきた(笑)

乗鞍スカイラインの入り口にすら立つ事が出来なかった僕は、逃げる様に高山駅前まで戻ってきた(笑)
高山濃飛バスセンターで19:00発のバスを予約して、後はのんびりと高山市街地を流してみる事にする。
もう、何度も足を運んでる街なんだけど、実はこの街をポタリングした事、1回も無かったんだよね。
自分でも意外。
ただ、もう何回も巡っている分、街の観光的なところはそれなりに体験済み。
今回はチャリの機動力に任せて、主に江名子川沿いを中心として街をグルグル回ってみようと思った。
なので、観光的な魅力には乏しいかも知れない。
飛騨高山の観光的な部分に興味がある方には以前(2013年5月訪問時)記事の方がおススメ!
下記の記事を読まれたい。
◎国分寺・満願成就の棚(さるぼぼ供養塔でもある)

高山のメインストリートである国分寺通りにあるお寺に、ベタではあるがまずお参り。

高山のメインストリートである国分寺通りにあるお寺に、ベタではあるがまずお参り。
吊るされているのは飛騨で有名な『さるぼぼ』人形。願掛けのものや、不要のものがかけられている。
今でこそ飛騨地域を代表するお土産グッズみたいに思われているが、一応、おさらいしておこう。
『さるぼぼ』とは『猿の赤ちゃん(ぼぼ)』という意味である。
昔、飛騨の地域では赤子が産まれた時に、母親がこの人形を作って赤ちゃんにあげる文化があった。
さるぼぼは『お人形さん』として遊び道具にもなる一方で、子供の無病息災の願掛けでもあり、
子供に災いが降りかかりそうになった時、子供に代わって災いをその身に受けてぶっ壊れるという
いわゆる身代わり(形代-かたしろ)だった。
・・・ところで、さるぼぼに混じって見慣れないカタチの人形がぶら下がっているぞ。
?

なんだ、この人形は・・・???

なんだ、この人形は・・・???
さるぼぼの新しいバージョンなのか・・・???
見た目、ちょっと痛々しいスタイルというか、SMチックというか・・・
気になって調べてみたら、『くくり申(さる)』という人形で、奈良のものらしい。
赤ちゃんにあげるというモノではないようだが、同じ形代の人形のようだ。
ちなみに、神社には『さるぼぼ以外のものをかけないでください』と書いてあるが、
『さるぼぼ』よりも『くくり申』の方が、明らかに多かった。何故だ・・・- -;???
◎宮川

中部地域の朝のニュースでもおなじみの宮川。

中部地域の朝のニュースでもおなじみの宮川。
岐阜を流れる川だが、木曽川や揖斐川の様に愛知県から太平洋に注ぐのではなく、
富山県を経て神通川として日本海に注ぐ川だ。
岐阜県の飛騨高山地域の文化が、岐阜市よりではなく富山よりである事もわかるよね。

◎桜山八幡宮

河川敷で『放生会』(ほうしょうかい)という神事の準備中だった。

河川敷で『放生会』(ほうしょうかい)という神事の準備中だった。
その昔、中国において食べない魚まで収穫して殺生していた町に絶えず災難が降りかかっていたところ、
無益に魚を殺すのをやめて川に逃がしてあげたら地域から争いが無くなり、
人々が健康になった・・・という故事による。
神事は19時から始まり、500匹の魚が川に放たれるという。
見て行きたかったが、ちょうどバスの発車時間だ・・・。
◎秋葉さん

街なかのあちこちで見かける小さな祠は火の神様秋葉神社のお社だ。

街なかのあちこちで見かける小さな祠は火の神様秋葉神社のお社だ。
高山市内には、約60の秋葉さんと呼ばれる小さなお社がある。
歴史をひも解くと、かつて高山では100戸以上もの家屋が類焼した大火が何度も発生しており、
その際、「秋葉さん」の社が燃え残る事が度々あったため、火災予防を願って祀られる様になった。
秋葉さんの祠の前にはたいてい『常夜燈』があり、町の人が順番で自宅で点した灯明を
秋葉さんの灯篭に点すのが高山の文化で、最近までどこの町内でも毎晩行われていたのだそうだ。
自動点灯型の電灯にとって代わられた事で、貴重な伝統が失われてしまった。
◎江名子川

宮川の支流・江名子川。

宮川の支流・江名子川。
高山の市街を切り裂くように流れている。
この川は、江戸時代に天領地となり城郭が破却される以前の高山城下において、
城壁としての機能も与えられていたそうだ。

江名子川沿いは、美観的に整備された地域も、そうでなく昔からそのままの地域も、
味わい深い景色に満ちていると思う。
人口10万人の街の中心部を、水音立てて清流が流れているというのは、やはり素敵だ。

川沿いに建ちならぶお宅もステキなのが多い。
◎空町東山遊歩道

高山市街地の東側にある寺社仏閣郡。京都の文化を見習って造られたエリアがある。

高山市街地の東側にある寺社仏閣郡。京都の文化を見習って造られたエリアがある。
高山で最も好きな一角のひとつで、その閑かな風情は京都を上回る様に思う。
お寺の境内なども通れる『遊歩道』が1kmちかく続いており、秋の紅葉シーズンは本当に最高だ。
このエリアについては前回訪問時に書いているので、ここでは割愛する。
◎江名子川・川上別邸史跡公園裏

一般的な観光客はあまり通らないエリアに入ってきた。

一般的な観光客はあまり通らないエリアに入ってきた。
ここは町年寄川上斉右衛門の別邸があった場所であり、後の所有者によって高山市に寄贈された。
池泉回遊式庭園と江戸時代の土蔵が残っている場所だが、個人的には江名子川が描くカーブが気になる。
きっと、大水の際には、ここから出水して被害が出たんじゃないかな。
町年寄の家になる前は、城主の親族の家だったらしいから、防御的な意味合いでこうなったのだろうか。
◎錦山神社

一般的な観光ルートからだいぶ離れた場所にあり、観光客の99%はやってこないだろう。

一般的な観光ルートからだいぶ離れた場所にあり、観光客の99%はやってこないだろう。
チャリがあるからなんとなく来ただけだったのだが、お社の来歴などを見て驚いた。
『祭神・物部弓削守屋大連』(もののべゆげもりやのおおむらじ)だと
飛鳥時代、蘇我氏と争って滅ぼされた物部氏の棟梁じゃないか!
初めて見たぞ。
宮司さんに話を訊いてみたかったのと、御朱印が欲しかったのだが、どうやら帰ってしまった後だった。
家に帰ってからWEBで調べてみると、怨霊神などという扱い(平将門とかみたいなの?)になってたが
真実はどうなのだろう?
次に高山に来た時、ぜひ、宮司さんにお話を伺ってみたいものだ。
◎城山保育園前のお堀

城山公園の入り口の方にあるお堀のベンチは、仕事で高山に来た時に、たまに休憩する場所だ。

城山公園の入り口の方にあるお堀のベンチは、仕事で高山に来た時に、たまに休憩する場所だ。
緑と蝉の声、だいぶ傾いた太陽、それを浴びる白い土塀、ゆったりとした水面、
吹きぬけてくる風は涼しい。
ここはオアシスだ。
◎一之町・二之町・三之町方面へ

坂を下るとおなじみの古い町並み方面。

坂を下るとおなじみの古い町並み方面。
立ち寄ってご飯を食べようと思っていた『坂口屋』さんはすでに営業を終えていた。
高山の夜は早い。
◎上三之町

18時も近くなってくると高山のお店は店じまいしているところも少なくないのだが、

18時も近くなってくると高山のお店は店じまいしているところも少なくないのだが、
まだけっこう観光客は歩いている。

この人力車、なぜか浮かんで見える。
マンホールが影みたいに見える、錯覚らしい。

『鍛冶橋』で晩御飯の高山ラーメン(ネギ増し)を食べて、高山ポタ終了。
ブログには書ききれなかったけど、飲み屋街の裏通りなども探訪してきて興味深かった。
前から思うに、遊びで泊まりに来たら結構楽しい街だと思う(特に夏は)。
大失敗した乗鞍ポタとはまた別に、ゆっくり時間を設けて走ってみたい。
コメント