(5)邂逅 アバカンの丘の上で




慰霊碑へのお参りが終わり、クルマに乗りこむ。

トーマスはここで一旦離脱らしく、ニコライとセルゲイが案内役を務めてくれるという。



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チェルノゴルスクの墓地周辺には、こういう住宅地が広がっていた。

このあたりの、標準的な住まいかしら。

道路は未舗装、この町で撮った写真の中で、唯一、住人の姿が写っていた写真だ。











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その先にちょっと進むと、明らかに『新しい家』が建ち並ぶ住宅地に入った。

ちょっと、日本の都市部の住宅地に似ている感じ。敷地や立て坪は広めだけれど。

何kmか直線で延びた道路の先には、丘陵が見えた。

『自然地形は、じいちゃんが来た時と変わらないかもな』

そう、感じた。












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その先ちょっと走ると、すぐに住宅地を抜け、シベリアの大地がハッキリと見える地形に。

幹線道路に入る手前にあったこの建物、よく見ると『エネオス』の看板が。

※日本に帰って来てから、会社の後輩に指摘されるまで気づかなかった。
















●←クラスノヤルスク  アバカン→
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クラスノヤルスクは北北東約500km先にある、シベリア鉄道の駅もある都市だ。

人口は100万人足らずでも、ウラル山脈以東(俗に言う『シベリア』)では3番目に大きい都市。

そのクラスノヤルスク迄の500km、この道沿いに町らしい町は殆どないという。

ロシアの人口は1億4,000万人で日本の130%程度ですが、国土面積は日本の2500%。

1km四方に住んでいる人の数は、日本337人に対してロシア8人。シベリアは、もしかすると1人以下かも。

ロシアの人口の殆どが国土の1/5~1/6程度に見えるウラル山脈以西のヨーロッパに集中してるワケだね。















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僕らはアバカン方面に。

クラスノヤルスクはロシア共和国内になるので、

僕がそちらに行く場合、ビザやら出入国管理やら移民局やら、ややこしい話になる。

ロシア連邦内において、日本人が予め申請している場所以外を自由旅行する事は難しいらしい。















●シベリアの放牧地
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馬が草を食んでいる。

出発する前にアバカンの気候を調べたら、年間降水量が確か300~400mmくらいだった。

だから、このあたりの植生は、基本的には草っぱらなのだろう。

多分、この地域はステップ気候(BS)か冷帯大陸性湿潤気候(Dfa)。

満州の気候や土壌に合わせた農作物を研究していたじいちゃんなら、ここに連れて来られた時、

きっと、無意識のうちに専門家としてこの土地の気候やら土壌やらをちらっとでも考えた事だろう。

僕は素人なので、この広々とした草原が延々と続いているんだろうなあ、くらいしか想像できない。

きっと、草原の奥の丘陵の向こうには同じ様な草原と丘陵があって、その先にもまた・・・

そんな光景が、日本の国土以上の広さで続いているんだろう。

また、どこかで雨量が増える地域に入れば、そこにタイガと呼ばれる針葉樹の森が延々と広がるのだろう。


















●この景色、じいちゃんも見たろうか?
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じいちゃんも、70年前にこのあたりでこういう地形を見た事は、ほぼ間違いなかろう。

だけど、9~10月頃に連れてこられた彼が見た光景は、7月に僕が見ているこの光景とは全く違った筈。

冬が長く厳しいシベリアのこの地でも、6月から8月にかけては日中の最高気温は20℃以上。

特に、僕が訪問した7月は最も暖かくて、日中の最高気温は平均26℃、最低気温は平均14℃。

Tシャツや8分丈のパンツで過ごせて、湿度も低けりゃ虫もいない、ハワイ以上の快適さだと思ったくらい。

だけど、赤道よりもむしろ北極寄りのこの地が一年通じてそんな都合よく過ごせる場所の筈がない。

9月になれば朝の気温は0℃を切る事が珍しくなくなり、10月には基本的に毎朝0℃以下、

11月には日中の最高気温も氷点下となり、12月から2月までは毎朝-20℃、日中でも-10℃台、

3月に日中の平均最高気温がようやく『1℃』となるような場所だ。

だから、じいちゃんが見た光景は、僕が見る光景と全然違った筈。

9~10月にここに連れて来られた彼は、北東寄りの冷たく乾いた風の中でこの地形を眺めたと思う。

多分、気温0~10℃くらいの環境で、土埃や枯れ草が舞う荒涼とした景色として。

彼に吹きつけた風は日本に『西高東低冬型の気圧配置』をもたらすシベリア高気圧で、

まさに、この土地の上空あたりで毎年発生するもの。

ほどなく日中の気温も氷点下となり、100%、確実に、彼は冬の地獄を経験した筈。

同じ地形を見ていても、僕と彼が見た光景は天国と地獄の様な違いがある事は間違いない。

農業技術者の彼は、夏、ここがこういう景色になる事を容易く想像しただろう。

僕は逆に、彼が見た秋以降の景色を乏しい知識で補完して、その姿を想像する。

彼は自分が想像した夏の景色を迎える事なく、厳冬期の1月に亡くなったのだろう。

















●よく見かけた光景
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ロシアにいる間、エンコしている自動車を度々見かけた。

日本車では見かけなかったが、やっぱり、あちらの車はしょっちゅうエンコするモノらしい。

これ、現代なら幹線道路沿いではケータイがつながるだろうからいいけど、

この広大な国土の中で、ケータイが無い時代だったら、命に関わるトラブルじゃないだろうか。

教習所で免許とる時に、修理の方法などを日本より詳しく教えていたりするかも知れない。

向こうの人は、案外女性でも、我々日本人男性より自動車のメカニズムに詳しかったりして。
















●ロシア人の別荘地『ダーチャ』
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クルマから身を乗り出す様にしてあちこちパシャパシャとシャッターを切る僕に、ニコライが声をかけてきた。

ニコライ:「KOU、これは『ダーチャ』と言うんだ」

KOU:「ダーチャ?」

ニコライ:「まあ、ビレッジ(村)だな。ロシアの伝統的な村だ」

失礼ながら、随分簡素で貧層な集落に見える。

そして、これが伝統的な村だとしたら、さっきのチェルノゴルスクの昔ながらっぽい集落は何なんだろう?

もしかすると、先住民族の村だったりするのかしら・・・?

日本に帰ってきて『ダーチャ』の意味を調べてみると、ロシア語で『村』を示す言葉には該当しないようだ。

代わりに『セカンドハウス』とか『別荘』という意味があるらしい。

どうやら、ニコライは『別荘地』と言っていたみたい。

英語力の低い僕がヴィラとかサマーハウスとかいうワードを聞き落したのだろう。

会話の中にはそういう事が多々あったハズだ。













●埃っぽさと、無骨さと
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土埃が舞うハカス共和国の大地では、大きなプラントを度々目にする。

ガラスが割れてもいないから操業しているプラントだと思うんだけど、看板が無いから何なのか判らん。

いや、看板あっても読めないけれどさ・・・。

そんな、サイズの割に自己主張が控えめな建物が、ハカス共和国には多い様な気がする。














●ニコライからの提案
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ニコライは盛んに風景を撮っている僕を見て、何か感じていたのかも知れない。

ニコライ:「KOU、君はアバカン周辺を広く見渡せる丘の上に行ってみたくないか?」

KOU:「ええ?そんな場所がこの近くにあるのかい?」

ニコライ:「アバカン川を渡った先に、360度パノラマビュウを眺められる場所があるんだ。そこがいいと思う」

KOU:「ぜひ、連れてってくれ」







この後、僕らはアバカン市内に立ち寄り、いくつかの場所を見学したり、ちょっとした買い物をして、

丘に向かった。










●アバカン川
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世界有数の大河・エニセイ川水系の大河川・アバカン川。

ハカス語で『熊の血液』という意味らしい。

この下流でエニセイ川と合流し、チェルノゴルスクのそばを流れて、北に向かう流れとなる。

チェルノゴルスクのすぐ近くの川幅は6~7kmくらいもあったみたい。

川の合流点は、丘の上から見えるという。













●丘の上へのぼれ!
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川を渡ると、セルゲイが運転するクルマはほどなく横道に入り、坂をのぼりはじめた。

















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やっぱり、木は少ない。













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北海道の丘陵地帯みたい。行った事ないけど・・・。


















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左回りでぐんぐん上っていく感じ。


















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チラッと遠景が見えてきた。

なるほど、超高層建築物や高い山地が無いこの地域では、この丘が最高標高地点かも知れない。


















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クルマはさらに左まわりで上っていく。

セルゲイは、景色を眺めている僕に気を使って、少しスピードを落としてくれたみたい。















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頂上だろうか?

鉄塔らしきものが見える。
















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右手方向を眺めるとダーチャがいくつか見えた。

その先の平原には集落、その先には地平の先に向かって緑が見える。

















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平坦な場所に出ると、視界がパッと開けた。






『おお・・・』

ここが、じいちゃんが亡くなった大地か・・・。





ニコライ:「着いたぞ。さあ」

うながされるまでもなく、ドアを開けてクルマを降りる。

その瞬間、突風が吹きぬけていく。

途切れる事なく、延々と。

さっきまで気づかなかったけど、まるで台風みたいな風の中にいるようだった。

















●アバカンの丘













●邂逅
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ニコライ:「KOU、この方向にチェルノゴルスクがある。この真正面だ」

彼はその方向に手を差し伸べて言った。

ニコライ:「左がアバカン川、右がエニセイ川、合流して流れていくだろう。

    その方向が、さっき行ったチェルノゴルスクだ。ここから見えているぞ」

ニコライはそう言ったけれど、土埃まじりの猛烈な風が吹きつけてきて、目を開けていられないほど。
















KOU:「この場所は、いつもこんなに風が吹いているの!?」

あまりの風に、思わず訊ねた。

ニコライ:「いや、そうでもない。

  だけど、今日は遥か東から客がやってきたから、歓迎して東向きの風が吹いているんだろう」

『・・・』

チェルノゴルスクのある北西方向から、日本の方向である南東に向けて吹き続ける風を浴びていると、

じいちゃんがどこからか出てきて、迎えにきた孫と一緒に帰るつもりなんだろうなあなんて思えてきた。

同時に、当時、彼が見たであろう景色・・・

今の様な街も無くて、この視界を越えて果てなく広がる荒涼とした大地が脳裏に浮かびあがった。

冬、この大河の動きすら止まり、白く、すべてが凍てついた世界も。






『どれだけ帰りたかったろうなあ、じいちゃん』







ボロボロと涙がこぼれてきて、しばらく止まらなかった。

『でも、迎えに来たから。一緒に、日本へ帰ろう』

まあ、自然現象に錯覚、こじつけ・自己満足・あるいは自己陶酔でしかないとも思う自分もいるのだけど、

それでも。

今年、ここに来て、本当によかったと心から思った。













●アバカンの丘からの、パノラマビュウ
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ニコライやセルゲイに泣き顔を見られるのも癪だったので、

2人から離れて、ニコライの言う『360°パノラマビュウ』を撮影して回る事にした。

こちらの方角は有名な石炭産地であるノヴォクズネツクやアバカン川の源流となるサヤン山地があり、

その先はカザフスタン、カスピ海、トルコといった地域になる。














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こちらもカザフスタンにかぶっているが、その先はウズベキスタン、トルクメニスタン、アフガニスタン、

そしてイランなどがある方角。












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こちらはアルタイ山脈、モンゴル、中国チベット高原、その先はヒマラヤ山脈、ネパール、ブータン、

バングラディシュ、インドなどなど。















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こちらはモンゴルウランバートル市、中国平野部、ベトナム、フィリピン、台湾など。













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日本の方向はこちら。

今、完全に、追い風になっている。

ふと、思う。

じいちゃんは、自分がどこの場所にいるかという事すら掴んでいなかったのかも知れないな、と。

どこにいるのか教えてもらえなかったかも知れないし。

だけど、現代の僕には十分な情報や移動手段がある。

日本へはここから直線距離なら4000kmくらい。モスクワ経由でちょっと遠くなるけど、何でもない距離。

何も、問題なく帰れるから。















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そして、こちらはじいちゃんとばあちゃんが10年間暮らした満州国・ハルピン市の方角。

じいちゃんが働いていた農業研究所の建物はどうもまだ残っているらしいので、

いずれ、ハルピン市も探訪してみたいと思う。












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こっちはクラスノヤルスク方向で、延々とシベリアの大地が続く。

















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こっちもシベリアの大地方向、多分、北極点がある方向。















●おビールで献杯!
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アバカンに立ち寄った時、ニコライが『マーケット』に立ち寄り、おビールとおつまみを買ってくれていた。

その模様は、別記事に書くけど、

お店の人に銘柄を言うと、その銘柄のビールをペットボトルに注ぎ込んで、売ってくれるのだった。

銘柄はわからん。多分、ロシアのブランドのビールだと思う。

外国にいくと、冷たい飲み物は日本よりぬるいものが大半だけど、

今まで国内外で飲んだビールの中で、このビールが一番ぬるかったと思う。

でも、このあたりは乾燥している上、気温がかなりあがってもせいぜい30度どまりという土地でもあるので、

この温度でも十分飲めた。

なお、運転手のセルゲイは、おあずけ。

















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チェルノゴルスクに向き直って、献杯
















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クルマに乗りこんで、後ろを振り返ると、地元らしい人たちが、家族で写真を撮っていた。

思えば、僕が持ってきた家族の写真も、故郷を見渡せる小高い丘の公園で多分僕が生まれてすぐの頃に撮ったものだ。

そういう場所があれば、ハカスの人たちも同じ様な写真を撮るよね

撮影する人1人だけ写真に入らないのもかわいそうだから、撮影してあげようかと思ったのだけど、

僕らのクルマは既に走り出していて、その姿はどんどん遠ざかっていった。

















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坂を下り、アバカン市内に戻る。

ただの丘にのぼる前と、おりる時で、景色がこれほど違うものに見えるなんて。















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※この記事を書き終えた後、このアバカンの収容所から帰還出来た方の手記を見つけた。

今から20年前の、戦後50年あたりに書かれたものらしい。

当地での生活や労働の様子なども記載されている。僕の想像では、とうてい判らなかった事も。

誰でも見れる、貴重で有り難い資料だなあと思う。

PDFファイルのリンクを貼っておく。

村上さんの手記




(つづく)